人工股関節置換術(THA)や人工骨頭置換術(BHA)後に怖い脱臼ですが、脱臼姿勢(肢位)をしっかり理解しておけば、予防することは可能です。
今回は人工股関節置換術と人工骨頭置換術後の脱臼姿勢をまとめます。この記事を読んでしっかり理解すれば脱臼をかなりの確率で回避できますので、ぜひ最後までご覧ください。
変形性股関節症で人工股関節置換術を受けたり、転倒により大腿骨頸部骨折になり人工骨頭置換術を受けると、術後早期より荷重が可能になり活動できる利点はありますが、合併症に気をつける必要があります。
人工股関節置換術や人工骨頭置換術の合併症としては、深部静脈血栓症や感染症がありますが、中でも怖いのが脱臼です。
股関節における脱臼とは?
まず人工股関節置換術や人工骨頭置換術を考える前に、普通の股関節での脱臼を考えてみます。
股関節における脱臼とは、寛骨臼にはまりこんでいる大腿骨頭が何らかの原因で外れてしまうことをいいます。こんな感じですね。
向かって右の股関節が上方に脱臼しています。(脱臼する方法は上方だけでなく後方や前方もあります)
ただ肩関節や股関節など、自由度が高い(動きやすい)関節は抜けやすい構造になっているのですが、正常の股関節では周囲に靭帯がきつく張り巡らされていますし、筋肉が壁になったりして基本的には脱臼しないようになっています。(肩は股関節に比べると抜けやすいです)
たとえば大相撲の力士や柔道選手が肩を脱臼する話は聞いたことがあると思いますが、「試合で股関節を脱臼した!」というニュースはあまり聞かないと思います。
股関節で脱臼するとすれば、車を運転しているときに正面衝突して、ダッシュボードとシートの間に挟まれたときに前方から強い衝撃が加わって後方に抜けたりするときだけです。(dashboard injury)
このときも交通事故くらいかなり強い衝撃が加わってのことなので、普通に生活している分には正常の股関節は抜けることはほぼありません。
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人工骨頭置換術・人工骨頭置換術における脱臼とは?
一方、人工股関節置換術や人工骨頭置換術を行うと、通常では起こりにくい脱臼が起こりやすくなります。なぜなら手術による切開により、本来股関節の関節包や靭帯、筋肉が持っている機能が失われているからです。
実際、人工股関節置換術の後方アプローチ(後方を切開して手術行った場合)では2%程度、前方アプローチでは1%未満の確率で起こるといわれています。
ここで「人工股関節の脱臼っていうけど、どこが外れることなの?」というご意見は多いので、簡単に人工股関節置換術での脱臼を説明しておきます。
下図のように向かって右の股関節が変形性股関節症になり、人工股関節置換術を施行することになったとします。
人工物に置き換えるのは、股関節の受け手である寛骨臼と、大腿骨の近位部の大腿骨頭です。寛骨臼はリーミング(カップが収まるようにきれいにくり抜く)し、大腿骨頭は切り取ります。
そして寛骨臼にカップ(内側にライナーがついている)を、大腿骨頭にステム(先に骨頭ボールがついている)をそれぞれはめ込みます。
それらを関節させます。
そして人工股関節置換術における脱臼とは、さきほど紹介した正常股関節における脱臼と同じように、4で関節させた部分が外れることをいいます。
人工股関節置換術や人工骨頭置換術における脱臼は禁忌肢位と呼ばれる、とってはいけない姿勢をとることによって起こります。ということは禁忌肢位をしっかり理解して、その姿勢をとらないようにすればいいわけです。
ただ禁忌肢位となる姿勢は、日常のあらゆる場面に潜んでおり、注意が必要です。
以下、後方アプローチと前方アプローチに分けて、禁忌肢位を解説していきます。
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後方アプローチでの禁忌肢位は?
まずは後方アプローチからです。
後方アプローチとは、その名の通り「後方」なのでお尻の方から手術します。
この手術方法では後方に切開を加えて、後方の筋肉を切りわけながら侵入します。
後方アプローチでは、
屈曲+内転+内旋
引用) 図解入門よくわかる股関節・骨盤の動きとしくみ (How‐nual Visual Guide Book)
この3つが合わさった姿勢、つまりこういう姿勢です。
実際にこのとき関節がどうなっているかというとこんな感じです。
イメージしにくいかもしれませんが、後方を引き剥がすような股関節の運動が起こります。
姿勢が理解できたところで、日常生活(ADL)上で、どのようなときにこのような姿勢になるでしょうか。今回は左股関節を手術した想定で話を進めます。
靴履き
靴を履く動作では膝が内側に入り、股関節が屈曲・内転・内旋位になりやすいです。
靴下履き
矢印のように膝が内側に入りながら靴下を履くと危険です。
この写真のように膝を外側にしながら履くようにしましょう。
端座位からの寝転び
ベッドの端に座った姿勢から寝転ぶときに手術側を下にして寝転ぶと、屈曲・内転・内旋位になります。
横座りとおばあちゃん座り(とんび座り)
手術前から日常的にされている方で、術後も床座の生活が続く方は注意が必要です。
床へのしゃがみ込み
何か物を拾おうとして、こんな姿勢になるのは危険です。
歩行時の振り向き
これこそ、本当に何気ない日常の一コマ。誰かに呼ばれて振り向いただけで脱臼することもあります。
何かよじ登る
高いところのものを取ろうして、イスに登ろうとすると危険な姿勢になります。
トイレ
洋式トイレでの立ち座りで膝が内側入ると危険です。
ややがに股気味に立ち座りするようにしましょう。
また和式トイレは可能とする病院もありますが、転倒などのリスクも考えるとできれば緊急時以外は洋式トイレの利用をおすすめします。(※緊急時:どうしても用をたしたいときに和式トイレしかない状況)
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前方アプローチでの禁忌肢位は?
前方アプローチの場合は
伸展+内転+外旋
で脱臼しやすいと言われています。
ただし後方アプローチと違い、日常的にこの姿勢になることがあまりないのです。あえていうならボウリングで本格的に投げたときのフォロースルーぐらいでしょうか。
あと転倒したときに、この姿勢にたまたまなってしまうと脱臼する可能性があります。
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まとめ
人工股関節置換術や人工骨頭置換術の脱臼姿勢をまとめてみました。意外な姿勢もあったと思いますがいかがでしょうか。
脱臼は誰にも起こり得るものですが、それを怖がっていては日常生活が成り立たないので一番いいのは「気にしすぎずに普通に生活する」ことです。
以前担当していた患者さんが「この動きはどうでしょう?」「あの姿勢もダメですか?」と毎日のように質問されたのですが、あれこれ考えるあまり活動量が下がって脚の筋力が低下していきました。
人工股関節置換術や人工骨頭置換術の脱臼に関する研究は何十年前から行われており、手術時には現在最適といわれている方法が医師により選択されて施されているはずです。よほどのことがなければ脱臼することはありませんので、気にしすぎずに普通に生活してください。
あとひとつ知っておいて欲しいのは、脱臼肢位はこちらに列挙したパターンだけではありません。入浴時に低いシャワーチェアに座ろうとしたときや浴槽にまたいで入ろうしたとき、車に乗り込んで座ろうとしたときなど、他にもいろいろな動作が考えれます。
前方アプローチより脱臼しやすい後方アプローチの場合、ポイントは股関節を深く曲げた姿勢で膝が内側に入ってくることですので、そちらに注意して動作をすれば新しい発見があるかもしれません。ご自身の生活の中で「こんなとき危ない姿勢になってるよな」という場面を見つけてみましょう。
以上、股関節脱臼肢位のまとめでした。