人工股関節置換術(THA)や人工膝関節置換術(TKA)の手術をしたらスポーツはできないの?いいえ、そんなことはありません。
種目や競技を選べばスポーツを続けることは可能です。今回はみなさん気になる人工関節置換術後のスポーツについてお伝えします。
股関節の手術をするとスポーツはもう無理だと諦める患者さんがいます。特に人工関節を体に入れると、「人工関節の寿命を短くするのではないか」「外れてしまわないか」など、不安に思われてスポーツから離れられる方も多いです。
ただスポーツによっては大丈夫なものもあるので、競技や種目、頻度を守って正しく行えば、人工関節の寿命を減らすことはない可能性もあります。
今回は末期の股関節症の患者さんからお問い合わせが届きましたので、ご紹介させていただきます。
股関節や膝関節を痛めているけれども、スポーツが大好き。そんな方はぜひ最後までご覧ください。
人工股関節置換術でスポーツができなくなることへの不安
いただいたご質問はこちらです。
題名:人工股関節置換術後のスポーツについて
性別:女性
年齢:60代
診断名:変形性股関節症
メッセージ本文:
はじめまして。◯◯県在住の△△と申します。
40代より股関節痛に悩まされており、痛み止めを飲んだり、リハビリでしのいできましたが、先日急に痛みが強くなり受診したところ、主治医から人工股関節置換術をすすめられました。
手術には不安があります。痛みがどこまでとれるのか、どれぐらい動けるようになるのか、インターネットで情報を集めていると、良いものも悪いものもありました。
そんなときこちらのサイトで辿り着き、ご質問申し上げた次第です。
私は若い頃から山登りが趣味です。(山登りといっても険しい山ではなくハイキングに毛の生えたようなものです)股関節に痛みがあっても、山登りだけは諦められず続けてきました。
人工股関節置換術の手術をすると、山登りはできなくなるのでしょうか。主治医に伺うと、人工関節の寿命が短くなるので、あまりおすすめはできないということでした。
山登りができなくなるのであれば人工関節の手術は諦めようと思います。
お忙しいところ申し訳ございませんが、何かアドバイスをいただければ幸いです。
どうぞ宜しくお願い申し上げます。
人工股関節置換術とスポーツ。悩ましい問題ですね。
この記事でお伝えしたのは、QOL(Quality Of Life)を一番に考えようということです。
状態をみながらやりたい運動を、できる範囲でやれるように、医療従事者と一緒に模索していくことが重要だ、ということでしたね。
今回は股関節痛ではなく、人工股関節置換術後のスポーツです。前回とは少し状況が変わりますね。
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人工関節置換術とスポーツ
ここからは文献抄読という形で、ひとつ人工関節置換術とスポーツに関する文献をご紹介したいと思います。
今回ご紹介するのはこちらの文献です。
Athletic Activity After Total Joint Arthroplasty
William L. Heal,Sanjeev Sharma,Benjamin Schwartz and Richard Iorio
J Bone Joint Surg Am.2008;90:2245-2252
イントロダクション(序論)
- 人工関節置換術後にどのようなスポーツ活動が推奨されるかというコンセンサス(=意見の一致)はありません。
- スポーツ活動は関節への横断力や摩耗、骨とインプラント(=人工関節)との固定面へのストレス、外傷の危険性が増加。
まずスポーツをすると関節にかかる負担が増えて、骨やインプラントになんらかのダメージを与える可能性があるということです。これはなんとなくイメージできるのではないでしょうか。
ただこの文献が書かれた時点では、「人工関節置換術にはこのスポーツがいいよ」というコンセンサスがないので、スポーツ活動とのリスクや安全性について示していくと書かれています。
人工関節置換術の結果と普及
- 人工関節置換術は20世紀で最も成功した医学的技術革新のひとつ(2007年 Lancetらの”The Operation of the Century:Total Hip Replacement”)
- 人工関節置換術の選択理由は、痛みの改善とともにスポーツ活動の改善や復帰を目的とするものが多くなった。
- 患者のこれらの期待には、個人の性格、社会的地位、健康に関する専門家との相互作用、個人が収集した情報、さらには術前の教育などの多くの要因が関与している。
- ベビーブーム世代は不快や障害の偏狭な傾向があり、関節症が関与している障害を受け入れられない。手術で起こりうる経過を過小評価し、結果を過大評価し、スポーツ活動に対する期待も増大する。
こちらには人工関節置換術の歴史や普及した理由が書かれています。
人工関節置換術を選択する理由は除痛が主な目的ですが、最近ではスポーツ活動も理由にあげられること増えてきているようです。その理由には様々な要素や、手術する世代が置かれていた環境なども関与します。
運動すると健康にはどのように役立つか
- American College of Sports Medicineは20分程度の有酸素活動を1週間に3回行うことが精神的・身体的幸福につながることを示している。
- UKA(=Unicompartmental Knee Arthroplasty、人工膝関節単顆置換術もしくは人工膝関節片側置換術)を受けた女性は、最大歩行速度・歩幅・cadence(=歩行率、単位時間あたりの歩数)・酸素消費量が減少(Mancnicolら)
- THA(=Total Hip Arthroplasty、人工股関節置換術)とTKA(=Total Knee Arthroplasty、人工膝関節置換術)をされた患者さんは、心血管系の体力(運動持続時間・最大酸素摂取量・予測酸素消費量)が向上(Riesら)
- 10分以上歩けなかった患者さんの38.9%と、10分以上歩けていた患者さんの57.1%が術後に60分以上歩ける(Roderら)
運動と健康の関係を書いています。
人工関節置換術を受けると、歩行能力や体力の向上が期待できます。
人工関節置換術前後の運動
- 人工関節置換術後にスポーツ活動に復帰したいと希望する人は多いが、どの程度の運動をどんな頻度でできるようになるかは明確ではない
- スポーツを行う人々に起こりうる大腿骨頚部骨折、インプラントのルースニング、二次的な骨壊死、金属による局所炎症反応などの潜在的な問題は評価されていない。
人工関節置換術後に起こる問題や、運動の程度や頻度はまだ明確ではないということです。
例1 人工関節置換術後のテニスについて
- 人工股関節置換術を受けたテニス選手58名(術後平均8年)を調査したところ、全員がプレーに復帰していて、術前は全員がプレー中に股関節痛があったが、術後には9名(16%)に減少した。
- 人工膝関節置換術を受けたテニス選手33名(術後平均7年)を調査したところ、全員がプレーに復帰していて、術前は全員プレー中に膝関節痛とスティフネス(=かたさ)があったが、術後には4名(12%)に減少した。
- 人工股関節置換術、人工膝関節置換術ともに術後にはコート内の移動距離が増大して、コート内移動速度の現象が報告された。(Montら)
- ただしこれらの研究所見の追跡期間は短く(8年)、関節面への力の耐久性についてもエビデンス(=医学的根拠)がない。
人工関節置換術後のテニスについてですが、テニス経験者は全てコートに復帰していたようですね。ただどのぐらい負担がかかったり、耐久性にどのような影響があるのか、エビデンスはないようです。
例2 人工関節置換術後のゴルフについて
- 人工股関節置換術をうけた115名(術後平均6年)のアマチュアゴルファーの全員が術後にゴルフに復帰した
- 術後87%がゴルフ中に股関節痛がなく、平均おハンディキャップは1.1↑、平均飛距離は3.3ヤード↑。
- 人工膝関節置換術を受けた83名(術後平均4.7年)のアマチュアゴルファーは、術後84%がゴルフ中に膝関節痛がなく、平均のハンディキャップは1.9↑、平均飛距離は12.2ヤード↓(Mallon and Callaghan)
- 右利きのゴルファーは左膝関節の不快感が有意に高く、スイング時の最大トルクはクラブヘッドがインパクトに近づくときに左膝関節に起こる(Stoverら)
ゴルフへの復帰できているようですね。痛みもなくなりプレー内容に影響を与えるようです。ただし人工股関節置換術と人工膝関節置換術で少し傾向は違います。
股関節学会・膝関節学会としての見解
- 低衝撃スポーツとして、ボウリング、サイクリング、ゴルフ、セーリング、スキューバダイビング、水泳への参加は推奨。高衝撃スポーツとして、野球、バスケットボール、フットボール、ハンドボール、ホッケー、空手、ラケットボール(スカッシュにのような競技)、ランニング、サッカー、水上スキーへの参加は推奨されない。(McGroryら 1995年 : Mayo クリニック)
- 43のスポーツ活動を「許可」「経験があれば許可」「推奨しない」に分類。(Healyら 1999年)
- エアロバイク、社交ダンス、ゴルフ、シャッフルボード(ニュースポーツのひとつ)、水泳、普通の歩行は1999年と2005年の股関節学会と膝関節学会で許可。
- バスケットボール、フットボール、ジョギング、サッカーは1999年と2005年に股関節学会と膝関節学会で「推薦しない」とされた。
- 野球、器械体操、ハンドボール、ホッケー、ロッククライミング、スカッシュやラケットボール、テニス(シングル)は1999年には「推薦しない」であったが、2005年には「コンセンサスがない」となった。
たくさんの競技が書かれていますので、1999年と2005年をまとめた表をこちらに掲載します。(※1枚目が人工股関節置換術、2枚目が人工膝関節置換術。それぞれクリックすると拡大します)
簡単に表の英語を解説すると、上の方にあるAllowedは「許可」、Allowed with Experienceは「経験があれば許可」、No Consensusは「一致した見解がない」、Not Recommendedは「推奨しない」です。
あと競技の英語も訳しておきますね。
Ballroom dancing | 社交ダンス |
Basketball | バスケットボール |
Baseball | 野球 |
Bowling: | ボウリング |
Canoeing | カヌー |
Cross-coutry Skiing | クロスカントリースキー |
Doubles tennis | ダブルステニス |
Downhill skiing | スキー(滑降) |
Fencing | フェンシング |
Football | フットボール |
Golf | ゴルフ |
Gymnastics | 器械体操 |
Handball | ハンドボール |
Hiking | ハイキング |
Hockey | ホッケー |
Horseback riding | 乗馬 |
Ice skaging | アイススケート |
Jogging | ジョギング |
Normal walking | 普通歩行 |
Road cycling | 自転車 |
Rock climbing | ロッククライミング |
Roller skaging | ローラースケート |
Rowing | 漕艇 |
Shuffleboard | シャッフルボード |
Single tennis | シングルテニス |
Soccer | サッカー |
Speed walking | 早歩き |
Square dancing | 4人で音楽に乗って踊るダンス |
Squash/raquetball | スカッシュ/ラケットボール |
Stationary cycling: | エルゴメーター(エアロバイク) |
Stationary skiing | 固定したスキー? |
Swimming | 水泳 |
Volleyball | バレーボール |
Weight lifting | ウェイトリフティング |
Weight Machine | ウェートマシーン |
※stationary skiingだけちょっとわかりません。
要約
- スポーツに参加する人には、コアを鍛え、腰部・股関節・膝関節のリハビリテーションを推奨。
- スポーツ活動の健康における利点や楽しさに対し、人工関節の寿命を縮める潜在的なリスクがある。それを理解した上でスポーツ復帰を選ぶなら、患者さんが楽しめるようにサポートしなければならない。そのためには更なる研究が必要だ。
以上、文献のご紹介でした。
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人工股関節置換術とスポーツで気をつけるべき3つのポイント
今回紹介したのはアメリカでの人工関節事情
今回ご紹介した「許可」や「推奨しない」という基準は、アメリカの股関節学会や膝関節学会の話題です。
日本人とは体型も生活習慣も医療をとりまく環境も違いますから、すべてを当てはめることはできないです。
ただ全く参考にはするべきだと思いますので、「こういうベースがあるんだ」と知っておけばいいでしょう。
人工関節は進化している
人工関節の技術は日々進化しています。以前は空港の金属探知機で反応するものも多かったですが、現在は反応しないインプラントも増えてきました。
どれぐらいかはわかりませんが、今後もより良いインプラントが開発されて、スポーツに対する基準も変わってくることが予想されます。
何より考えるべきはQOL
最初の方で紹介した記事でもお伝えしていたのですが、最後に考えるべきはその方のQOLです。
今回のご質問者さんは登山をされているということでした。登山は基準にないのではかりかねます。またロッククライミングは統一した意見はありませんが、ハイキングは許可となっています。
ご質問者さんが望まれる「山登りといっても険しい山ではなくハイキングに毛の生えたようなもの」と、ハイキングの区別は難しそうですね。
「何m級の山であればOK」「どんな登山道であればダメ」なんて厳密に区分することはできません。
最後はリスクを承知して、自分の意志で決めればいいのではないでしょうか。
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まとめ
人工関節置換術後とスポーツについてまとめてきました。
スポーツをすると何らかの負担が人工関節にかかることをまず理解するべきですが、日常生活でもゼロではありません。
また推奨しないスポーツをおすすめすることはできませんが、実際にテニス(シングル)をされている方もいらっしゃいます。
このあたりはスポーツとの関わり方、QOLを天秤にかけて、ご自身で決められればいいと思います。
「人工関節置換術を受けるとスポーツはダメ!」そうではないことだけ知っていただければ幸いです。