人工股関節置換術を受けた後にはさまざまな問題が起こる可能性があります。
その中でも脚長差は後々大きな問題になることがあります。
人工股関節置換術では変形した股関節を人工の関節に置き換えますが、その際本来であれば脚の長さが同じになるように、挿入するステム(大腿骨側に入れる金属)を選びます。
ただし何らかの事情により脚長差が残ることあります。
その脚長差は思わぬところに影響を与えることがあるのです。
脚長差とお尻のつっぱり
先日当ブログにこんなご質問が届きました。
性別:女性
年齢:70代
診断名:人工股関節置換術後
メッセージ本文:
10年ほど前から右股関節痛あり、徐々に長距離・長時間歩けなくなっていました。最近1年ほどは、買い物はスーパーの入口で車の乗り降りをしなければいけないほどでしたが、杖は使用していませんでした。
骨盤側の骨が一部欠けていたため、平成27年秋に右側の人工股関節置換術を受けました。(◯◯病院)
術後、1週間ちょっとで脱臼し、さらにその後にも脱臼し再手術となりました。
脱臼は、転倒や転落ではなく普通の動作をしていて起きました。
1回目は脚を内側に少しひねったようで、2回目は1回目の脱臼により脱臼しやすい状態になっていたようで(1回目の脱臼で大腿骨内に人工関節が1センチほど落ち込んだ)体重をかけただけで起きたようです。
再手術後に執刀医の話を聞いた際に、「脱臼は骨がもろく筋力が予想以上に弱かったので、起きるべくして起きたのかもしれない」と私は感じました。
再手術では、筋肉量が少なく筋肉が緩かったため、筋緊張を出すために1cm長い人工関節に換えました。
また、人工関節が最初の手術後よりも1cmほど大腿骨の中に落ち込んでいたため、骨セメントでかためました。
最初の手術後の歩行の際は、本人は脚長差を感じることなく、歩きやすかったそうですが、再手術後は2cmほどの脚長差ができてしまい、非常に歩きにくいと言っています。
理論上は1cmの脚長差のはずですが、実際の見た目では右脚が2cmほど長いです。
正面から立ち姿勢をみると、手術した右側の骨盤が下がり、体がいがんでいます。(素人の考えでは、長くなった右側の骨盤が上がるように思うのですが・・・)
手術した病院では半年ほどすれば、脚長差はましになると言われたそうです。退院後、これまで痛くなかった膝関節(右)が痛くなっています。
筋力をつけなければいけないため歩こうとしますが、膝関節が痛く、また脚長差による歩きにくさもあって、100mほど杖をついて歩くとしんどくなるようです。
スーパーではカートを押しながら歩く方が楽とのことです。
手術を受けた◯◯病院は遠方のため、現在は近所の整形外科のクリニックで週3日リハビリを受けています。
この整形外科では「筋力がつけばしっかりしてくるから、足底板などはまだ作らなくてよい」と言われたそうです。
母はもともと運動嫌いで、ほとんど車か自転車の生活でした。そしてこれまで10年以上股関節痛があり、筋力はかなりなくなっていると思います。
再手術後に執刀医からは「人工股関節を入れる患者の中でも筋力が弱い方だ」と言われました。
このような母が、毎日短い距離でも歩くことによって、少し筋力がつき、脚長差は改善されるのでしょうか。膝関節の痛みがあっても少しは無理をして歩くべきでしょうか。
手術前には予想していなかった支障がいろいろ出てきているため、先が見えず、母自身とても不安になっています。(めったにない再手術になったことも含めて)
「焦らず毎日100mだけでも歩いたらいいのでは?」と私は伝えていますが、私もよくわからず先生に質問させていただきました。
母に似た事例のその後をご存じでしたら教えていただきたく思います。
私は仕事や育児で母のリハビリについていくことができず、理学療法士から話を聞くことができません。
先生のブログを拝見して、(素人の感想で恐縮ですが)きちんと患者に向き合って真剣に考えてらっしゃる姿勢がうかがえ、先生のご意見をいただきたいと思いました。
お忙しいとは思いますが、お時間があるときにご意見をいただけたらと思います。
よろしくお願いします。
※プライバシー保護のため、一部加筆・修正を加えています。また何度かあったやりとりを、分かりやすくするためにまとめています。
お問い合わせの文章の中から気になったポイントのひとつ目は脱臼ですね。
どんなに名医と言われる医師が執刀しても、残念ながら数%の確立で脱臼は起こります。
1回目は脱臼肢位になり脱臼したようですが、2回目は脱臼肢位になっていないにも関わらず脱臼したようです。
脱臼肢位や転倒以外で脱臼が起こるのは余程のことなので、今後も脱臼の可能性が続くので注意が必要です。
それともうひとつ気になったのが脚長差です。
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脚長差は治るのか?
人工股関節置換術後に起こる脚長差には、レントゲンなど客観的な評価では見られないが、主観的な脚長差をを訴えることがあります。
この主観的脚長差の原因は、脊椎、骨盤の傾斜や股関節の可動域と言われています。
ですから主観的脚長差は脊椎や骨盤、股関節の可動域を動きを良くすれば、改善する可能性があります。
こちらの方も「手術した病院では半年ほどすれば、脚長差はましになると言われた」ようですが、いちおう半年ほど経過すると、脚長差を感じないようになる方が多いですが、残念ながら全ての方の自覚的脚長差が消えるわけではありません。
また「筋力がつけばしっかりしてくるから、足底板などはまだ作らなくてよい」とも言われてます。
膝に痛みがでるということは、元々の膝の状態に加え、膝に痛みがでるような立ち方・歩き方になっているということです。
その原因がどこにあるか、またそれは改善可能なものなのかはっきりさせておかないと、足底板を作っても足底板による姿勢や歩行の変化が起こりますので、また違う部分を痛める可能性があります。
人間の身体は複雑で、脚の長さが足りないから長さを補えばいいというものではありません。補なったら補ったらで、何かしらの 問題が出現します。
また、もともと人工関節は長いものを使っているので、その分筋力が発揮しにくい可能性もあります。
何もしないでじっとしている、もしくは活動量が著しく低下すると、確実に廃用(弱ること)が起こります。
そうなると、
廃用で筋力低下
↓
歩くのがしんどくなったり、痛みが出現
↓
さらに歩かなくなる
↓
廃用が進む
この無限ループに陥ります。
そういう意味で、どこかでこのループを断ち切る必要があります。ですから運動して筋力を維持する必要が あります。
運動は歩行じゃなくてもいいですよ。プールでもいいです。とにかくまずは筋力を維持・改善するようにしましょう。
その上で、先ほど申し上げたように、膝関節の痛みの原因になっている動作や身体状況を修正してください。
痛みがある状態で、痛みを我慢しながら歩くのは間違いです。
お聞きしていると、理学療法士サイドでもやれることはたくさんあると思いますし、お母様もやるべきことはたくさんありそうです。
やるべきことがあるということは、変わる可能性もあるということなので、諦めずに続けていきましょう。
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お尻の張りの原因は?
後日以下のようなご返信が届きました。
担当の理学療法士にアドバイスしてもらわないといけないですね。それが難しそう・・・。
まずは、母に担当の理学療法士にうまく質問させて答えを誘導しないといけないですね。
膝関節が痛くなる前は、プールで歩くという話もしていました。予想外の膝の痛みに忘れてしまっていますね。提案してみます。
ひとつご質問があるのですが、「またもともと人工関節は長いものを使っているので、その分筋力が発揮しにくい可能性もあります。」とは具体的にどういうことでしょうか?
動かしにくいということでしょうか?
再手術後は、「手術したところが突っ張る」としきりに訴えていました。長い人工関節になったことを相当気にしていたようです。
現在はどうなのか確認していませんが、股関節の痛みはなく膝関節が痛いことに意識が集中しているようです。
リハビリを続けていく際にいろいろお伝えするのですが、そのとき私が大切にしているのは、「なぜそれを行う必要があるのか」をしっかり理解していただくことです。
今回の話でいうと、お母様に聞いていただく内容がなぜ必要なのか、まず理解することです。
でないと、聞いてもあまり響かず、必要性も感じず、そこで終わってしまう可能性があります。
あと術創部の筋肉の突っ張りについてすごく気にされているようなので、そちらについてご説明しました。
筋肉には本来持っている長さや張りなどがあり、各筋肉「この長さ、この張りで働きやすい」というポジションがあります。
お母様の筋肉は、もともと働きにく位置、おそらく筋肉が短くなって張りも失われている状態です。しかも筋肉を使っていないのでかなり細くなっています。
その傷んだ筋肉を急激に伸ばして長さや張りを作ったからといって、普通の筋肉と同じ役割ができるようになるとは考えられません。
言葉が悪いですが、想像して欲しいのは鶏のささみを乾燥させて、縮んで小さい状態です。(元の筋肉はこんな感じです)
急激に引っ張って、長さと張りだけ取り繕っても普通になりますか、という話です。
おっしゃっている、手術後のつっぱりの原因にもなっているかもしれませんね。
徐々には筋肉の長さや張りに馴染んではくるでしょうが、元気な人ほどうまく使えないことが多いです。
そういう意味で、「筋肉が使えない」⇒「うまく動かせない」という状況にはなりえます。
人工股関節置換術の手術は除痛を目的とすれば非常に優秀な手術ですが、やはり身体の侵襲があるわけですから、リスクや何らかの影響はあります。
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まとめ
人工股関節置換術後の脚長差と筋力の関係についてお伝えしてきました。
自覚的な脚長差や骨盤や脊椎、股関節の可動域を改善すれば、軽減することが期待できます。
手術をすれば筋肉には何らかの影響があると考え、その症状に応じた対策が必要です。