人工股関節置換術の術式の進歩から手術すべきときを考えた

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人工股関節置換術を決断するとき、そのタイミングはなかなか難しいです。今回は人工股関節置換術の適切なタイミングを、術式の進歩という観点で考えてみました。

人工股関節置換術や人工膝関節置換術など、人工関節を用いた手術は日進月歩で術式や手技、手術に使われる素材などが進歩しています。

そしてその進歩に合わせてリハビリも大きく変わっていきます。

たとえば私が理学療法士の学生をしている頃には、人工股関節置換術の耐用年数は10年とか15年とか言われていました。

ですから将来的に人工股関節置換術の手術をするとしても、60歳後半まで保存療法で可能な限り維持して、ライナーの摩耗による再置換術が必要ではない時期になれば手術をしていることが多かったです。

でもいまは人工関節がよくなって、以前の倍以上の耐久性が確認されています。


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人工股関節置換術はいつまで待つべきか?

人工股関節置換術の術式の進歩から手術すべきときを考えた

患者さんと話していると、よくこんな話になることがあります。

「私がするときには、もうちょっと手術が良くなっていると思うねん。だからもう少し待とうかな。」

人工股関節置換術の手術がどんどんよくなっていることを何かで知って、自分が手術を受けるならもっと進歩したものを受けたいと願っているのです。

この気持ちはすごく理解できます。

たとえは悪いのですが、家電を選ぶときと同じだと思うんです。(※あくまでたとえ話なので、人工股関節置換術を受けるべきか悩んでおられる方を侮辱する意図はありません)

私は2年ほど前から炊飯器を新しいものに買い換えようと思っていました。

私が使っていた炊飯器は、10年以上前に先輩が一人暮らしをしているときに使っていたものです。釜の中のコーティングもあちこち剥げてきていましたし、炊きあがりにもムラがあります。

妻にも「そろそろ買い換えようよ」と少し前から言われていたので、何かよい炊飯器はないか探していました。

そしてこの炊飯器を買いました。

人工股関節置換術の術式の進歩から手術すべきときを考えた2

でもこれを選んで購入に至るまでには、かなりの月日がかかりました。

なぜか?「もうちょっと待てばもうちょっとええのんでるんかな」と決めきれなかったからです。

家電って半年とか1年で新しいものが発売されるサイクルがあります。(ちなみに炊飯器は1年サイクルで新しいものが発売されることが多い)

なので、買おうかどうか悩んでいるうちに半年ぐらいが過ぎると、「もう半年待てば新製品が発売されるなら待とうかな・・・」となるわけです。

待って新しい炊飯器が発売されても、どれぐらいの違いがあるのか正直分からないと思いますし、高機能になっても使いこなすことができないことは頭では分かっているのですが・・・。

いまは炊飯器をたとえに出しましたが、これってマイホーム購入のときでも一緒です。

「もうちょっと待てば希望するエリアに理想的な家が販売されるはずだ!」と思って待っていても、理想とするものはいつまでも販売されるわけではありませんよね。

ですから「もう少し待って良い手術を・・・」と考えるのは、正解のようで不正解だと私は考えます。


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科学の進歩

繰り返しになりますが、人工股関節置換術の術式や使われる人工関節の素材は本当に進化しています。

「医は仁術」という言葉がありますが、そういう意味では「医は科学」なのだと思います。

膨大なデータを調べて、より良いものを追求して来られた先生方の努力のおかげで、いまの人工股関節置換術の手術があるのです。

話は変わるのですが、フジテレビ系列で放送されていた「リーガルハイ」というドラマをご存知でしょうか。

堺雅人さん演じる無敗を誇る天才弁護士・古美門研介が活躍するドラマです。

昨年末にリーガルハイのスペシャルが放送されたのですが、そのテーマが医療訴訟でした。

ある難病に新薬が使われるのですが、その妥当性を巡って原告側の九条弁護士(大森南朋さん)と被告弁護人として法廷で争います。

最終弁論でこんなやりとりがありました。

古美門:医は科学である。難病治療の発展こそが彼の全てだった。

科学に必要なのはデータです。人生でも名前でもない。医学を前に進めるために必要なことは遺族と一緒に泣くことではない。直ちに次の患者の治療に当たることだ。

九条:何が科学だ!科学なら人を殺してもいいのか!

古美門:進歩と引き換えに犠牲を要求してきたのが科学だ!

(中略)

古美門:死んだからこそ意味があるんだよ、死は希望だ。

九条:ふざけるな!

古美門:その死のひとつひとつが医療を進歩させてきた。

現代の医療はその死屍累々の屍の上に成り立っている。誰しも医療の進歩のためには犠牲があっても仕方がないと思っているはずだ、その恩恵を受けたいからね。

しかしその犠牲が自分や家族であった途端にこういう言うんだ「話しが違う」と。

引用) 「リーガルハイ・スペシャル」(フジテレビ)

ここに出てくる彼とは、難病治療の第一人者とされていた古谷一行さん演じる赤目医師のことです。

この話では難病において良い治療が見つかるまでにはたくさんの犠牲があり、その犠牲があっても前を向いて研究を重ねていくことが、医学を前に進ませることだと古美門は言っています。

犠牲という言い方はどうかと思いますが、科学としての医学を進めるためには、研究段階においてはもちろん、治療法と確立してからも日々進化することが求められます。

そういう意味では30年前より20年前、20年前より10年前、10年前より現在、そして現在より10年後の方がより良い医療が受けられることになります。

「じゃあ10年待とうか」というと、そういうわけにはいきませんよね。だって治療が必要なのはいまなのですから、いま10年後に開発されるかもしれない新しい治療のために、いまの症状を放っておくわけにはいきません。

「だったら犠牲になって治療を受けろってことですか?」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、それも違います。

長い年月でひとつの治療を見れば、いまの治療は進化の過程にあるのかもしれません。

ただ医師はそんな気持ちで治療をするわけでは決してありません。いまできる限りの最良の技術や知識を用いて治療にあたってくれます。

その医師の想いを考えれば、さきほど申し上げたように「犠牲」という言葉は妥当ではなく、あくまで「最善の治療」なのです。それが難病の新薬であれ、新しく行われる手術であれば、その人に適した最良の選択であるはずです。

人工股関節置換術でいえば、術式や素材の進化を待つよりも、いま必要だと思うのであれば、現在提供される最善の手術を受けるのが良いと私は思います。

まとめ

人工股関節置換術の術式の進歩と科学の進化という目線で、手術を受ける時期について考えてきました。

その時代にはその時代に最良の治療があり、医師はそれを提供してくれます。待てば良い治療が開発されるかもしれませんが、それを待って症状が悪化すれば本末転倒です。

術式の進歩を待つよりも、いま自分にとって手術が必要かどうか、それが重要なのだと思います。

月並みな結論になりますが、結局そういうことです。

PS.
ちなみにこの記事を書いている日の朝に、私が購入した炊飯器の新製品が発表されていました。でも私は「待った方が良かった」なんて思いませんでしたよ。だって欲しいときに買ったのですから。

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